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日本でインターネットはどのように創られたのか? WIDEプロジェクト20年の挑戦の記録

日本でインターネットはどのように創られたのか? WIDEプロジェクト20年の挑戦の記録」という本がまもなく出版される。WIDE プロジェクトが昨年20周年をむかえ、それを記念して20年間の総まとめ一冊の書籍として出版しようじゃないかということで作られたものである。昨年末に合宿で内容を詰めて、急ピッチで3月に出版することになった。

僕と村井さんのつきあいは考えてみると結構長い。1983年に新卒で SRA に入社し、データのバックアップとか、RS232C のケーブル作りとか、マニュアルのコピーとか、そんな仕事と一緒に割り当てられたのが慶応大学との共同研究打ち合わせの議事録係だった。その時、村井さんは博士課程の3年生だったが、なんというか研究グループのボス的存在だった。その共同研究のテーマは、次世代のワークステーションに適したオペレーティングシステムを考えるという大層なもので、大学で一応は計算機を専攻してはいたものの、全然勉強しなかった僕にはチンプンカンプンの言葉が飛び交っていた。仕方がないから聞いたまんまメモして、翌日同期入社で僕と違って大学でちゃんと勉強して来て何でも知っているH君に聞きながら、資料を調べて次回までに用意するという作業を毎月やっていた。今から思うと、これがすごく勉強になった気がする。というか、大学を出るまでは何のために勉強するかがわからなかったけど、この時はじめて自分から何かを知りたいと思うようになったのではないだろうか。

1983年当時、UNIX を勉強しようとしても参考書なんかなくて、一番まとまった資料は石田晴久先生が書いた bit の連載記事だった。会社にはその青焼きの原紙があって、それを焼いて読んだものだ。今の人達は青焼きなんて言ってもわからないんだろうな。でも、会社にある青焼きは乾式で、大学で湿式の青焼きを使っていた僕にしてみると、乾かさなくてもいいなんてなんてさすが会社は違うなあなんて感動したものだ。その石田先生が先日亡くなられた。さすがに本文の修正はできなかったようだが、石田先生からの言葉の欄にはちゃんとそのことも入っている。

それから5年ほどして、新しいことを始めるぞといって呼ばれたのが WIDE プロジェクトだ。あれからもう20年なのか。

日本でインターネットはどのように創られたのか? WIDEプロジェクト20年の挑戦の記録

日本でインターネットはどのように創られたのか? WIDEプロジェクト20年の挑戦の記録